Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【6】 -サイバースペースにおける「言論の自由」の社会実験の失敗/下

初出 朝日新聞「論座」 2021年04月02日
清義明 2026.07.30
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清義明 ルポライター

 ゲーマーゲート事件で、アメリカの匿名掲示板に分岐点が生じたと書いた。そして、西村博之氏がオーナーになって、日本基準ともいえる自由放任主義の掲示板になった4chanがオルタナ右翼と差別主義者に完全に乗っ取られたかのようなダーク無法地帯となった。

 西村氏の前のオーナーであるクリストファー・プール氏は、まだゲーマーゲート事件の書き込みの規制を行い、なんとか騒ぎをおさめようとしていた。その時に、ゲーマーゲート事件の書き込みの規制に反発したユーザーが新しく使いだしたのが、8chanである。

8chanの運営は風前の灯火だった

Shutterstock.com

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 8chanは、もともとはフレドリック・ブレナン氏によって2013年に開設されたものだ。クリストファー・プール氏が若干15歳で4chanを立ち上げたのと同じように、ブレンナン氏も19歳で8chanを立ち上げた。

 もともとはブレンナン氏は4chanのユーザーであったが、自由にスレッドが立てられないのが不満であり、もっと自由度の高い匿名掲示板をつくりたかったという。8chanは当時の4chanよりも規制が緩かったために、一挙に4chanからユーザーが流れ込んだ。

 ブレンナン氏は最初は匿名で運営していたが、やがて4chanから流入したユーザーが爆発的に増えていってから、いわゆる「身バレ」してしまった。そして、4chanに並ぶかのように巨大なトラフィックとなっていったときには、ネット界の有名人となっていった。しかし、この手の匿名掲示板の宿命ともいえるビジネスモデルの欠如の難題にすぐに直面した。

 それはそうだろう。4chanでの書き込みが許されないような悪い筋のユーザーが集結したのが8chanだったからだ。広告は当然つかない。さらには投稿にある児童ポルノなどの存在も問題視され、複数のインターネットサービスプロバイダーからはアクセスを拒否されるようになり、さらには資金調達のためのクラウドファンディングサイトも8chanを追放した。8chanの運営は風前の灯火だった。

 そこに現れたのが、あのジム・ワトキンス氏だ。

 すでに、2ちゃんねるの経営を掌握していたジム氏はフィリピンで、この8chanを知る。これを教えてくれたのは息子のロン・ワトキンス氏だそうだ。ジム氏は、サイトの経営難に直面していたブレンナン氏に、サーバーインフラを提供するとともに共同での経営を持ちかけた。

 きっとジム氏にはふたつのことが頭にあったはずだ。ひとつは2ちゃんねるの経営を手に入れた経験、そしてあの盟友でもあり仇敵でもあった西村氏が、アメリカで2ちゃんねるのノウハウをつかって4chanを経営し始めたことだ。

 そうして、ジム氏はブレンナン氏に近づいて、フィリピンへの移住とサイトの共同経営を持ちかけたのだ。

 「ジムは私に嘘をついていました。2ちゃんねるを運営しているのは自分だと言っていました。ひろゆきは英国の女王のように君臨すれども統治せずだ、と私に説明していたのです。日本語を勉強するようになって、2014年のジムとひろゆき(西村博之氏)の裁判の記録などを読んで、やっとそれがデタラメだとわかりました」

 こう語るブレンナン氏は、フィリピンに移住して8chanの運営を行っていた。だが、そこでジム氏とトラブルがあったようだ。なによりもブレンナン氏は、8chanが様々な問題を巻き起こしていることに、だんだんと恐怖を感じるようになっていたのだ。ブレンナン氏は、サイトの管理人を辞任した。あとを継いだのはジム氏の息子、ロン・ワトキンス氏だった。

「もっと過激にならないと掲示板に人が呼べない」

 「4chanが管理されなくなったために、ジムはもっと過激にならないと掲示板に人が呼べないと思ったのでしょう。それで、もっと過激にして極端な差別主義者が集まる場所にしていこうとしたんです」とブレンナン氏は証言する。

 8chanのトップページに「ようこそ、ここがインターネットのもっとも暗い場所」とキャッチコピーをいれたのは、経営権ともども8chanがジム氏のものになったからだ。

 ジム氏は8chanを過激な自由放任主義のサイトとしてブランディングしながら、2ちゃんねる(5ちゃんねる)と同時にフィリピンから運営していた。

 「ひろゆきにはまったく評価できるところはないです。出来る男とも思わない。法律や警察をいかにして逃れるかだけを考えている印象です。決して本心をださずにのらりくらりとしていて、まるで政治家のようです。もともと匿名掲示板の管理人なんてまともな人がいるとは思わないし、ひろゆきもどうかと思うが、しかしジムはもっとひどい。日本の人は疑ってほしい」とブレンナン氏。

 そのブレンナン氏は、2020年に5ちゃんねるにジム氏への批判文を、日本人の翻訳者を介して書き込んでいる。それによると、ジム氏は極右の人種差別主義者で日本人が嫌いだということだ(「【5ちゃんねるの皆さんへ】ジム・ワトキンスがどれほど危険人物かお伝えします、フレデリック・ブレナンより」)。

 「ジムは自分がペリー提督であるかのように思ってます。日本人でもないのに、日本のインターネットをコントロールしていると考えている。日本を植民地だと思っています。「ジャップ」や「ニップ」といった差別語で日本人を呼んでいるのも聞いてきました。

 彼は日本人のビジネスパートナーもまったく信用していなかった。息子のロン・ワトキンスが日本にいるのも、日本人がうそをついて盗んでいると思い込んでいるからで、その監視のために送り込んでいるのです」

 ロン氏が現在札幌に在住していることは前述のとおりだ。これは日本での広告業務の代理店が札幌にあるからだ。さすがにこれだけはフィリピンからリモートで行うわけにはいかなかったらしい。

 日本を植民地だと思っているというのは、2012年にアップロードされたジム氏のyoutubeチャンネルでの日本の記者に対する問答からもうかがい知れる。彼は2ちゃんねるをめぐる日本の対応について話しているなかで、日本国憲法の表現の自由に言及し、唐突に、日本国憲法は「勝利者であるマッカーサーが書いた」「あなたがたが負けた側で、我々が憲法を書き上げた」と日本人の記者に主張している。米軍の退役軍人の本音なのだろうか。

 さらにブレンナン氏によれば、日本で2ちゃんねるにより右翼(ネット右翼)が増えたからアメリカでも同じようにしたいとジム氏が考えていたとのことだ。

 「ジム自身、白人民族主義的な右翼思想の病気なのです。そのため日本の2ちゃんが右翼的な影響を日本人に与えたのと同じようなことをしたかったのだと思います」

 これは現在、ジム氏が政治資金管理団体を運営していることからもわかるとおりだ。「ディープステートを武装解除する」と奇妙な名前をつけられた政治資金団体は、「愛国者を政治動員するためのもの」で、その目的は「影で政治を操るものを追放する」ためのものだそうだ。ジム氏のフィリピンでのビジネスは、ブレンナン氏によればとてもうまくいっているとはいえず、8chanも収益化もほど遠い状態だった。だから、この政治資金団体の原資がどこから出たかといえば、それはもちろん日本の2ちゃんねる(5ちゃんねる)の収益なのは間違いなかろう。

「ディープステートの武装解除へようこそ」

「ディープステートの武装解除へようこそ」

憎悪と陰謀論のエンジンとなった8chan

 8chanには極右や差別主義者だけが大挙して流入しただけではない。Q本人も2017年の11月から突然4chanから8chanに書き込みの場所を変えたのだ。Qがなぜ4chanから8chanに居場所を移したかについては諸説がある。Q自身は「4chanに潜入された」と例によって謎めいた短い言葉を書いただけである。いずれにせよ、自分の正体が発覚することを恐れたのだろう。おそらくQの正体のヒントを、アクセスログを見ることが出来る西村氏は知っているはずだ。

 こうして憎悪と陰謀論のエンジンとなった8chanは手が付けられない暴走を開始する。それがじわじわと現実に浸透していき、やがて「Q」の様々なプラカードやTシャツをもった人たちが共和党大会に現れるようになった。

連邦議事堂占拠に参加した「Qアノンシャーマン」と呼ばれる活動家=2021年1月6日  Johnny Silvercloud / Shutterstock.com

連邦議事堂占拠に参加した「Qアノンシャーマン」と呼ばれる活動家=2021年1月6日  Johnny Silvercloud / Shutterstock.com

 このように4chanの西村氏と8chanのジム氏の二人が、ともに運営してきた2ちゃんねるのノウハウを注ぎ込んで、その自由放任主義でつくりあげた掲示板から出てきたアメリカのモンスターがQアノンなわけだ。

 Qアノンが共和党大会に現れるようになった2019年、8chanはさらに過激化していった。悪夢のような3つの無差別銃撃事件のヘイトクライムはその結果である。

 ここでさすがに8chanは完全に問題視されるようになった。ジムは米議会下院の公聴会に呼ばれることになったが、それだけではない。グーグルは8chanをすでに検索結果から除外していたが、それに加えて今度はサイトの配信を行うCDNプロバイダーの大手クラウドフレア社が8chanへのサービス提供を解除した。コンテンツがいかなるものであるについては介入しないというポリシーをもった同社にとっては異例のことである。これにより、8chanは一時サイトがダウンすることになった。

 「(8chanをダウンさせても)何の解決にはならないことを思うと、絶望的な気分になります」とクラウドフレアの社長は、この措置について語っている。

 「一企業としてのわたしたちにとってはこれで終わりですが、インターネット全体の問題は解決していません。ネットにヘイトスピーチが増殖していく根本的な原因は、放置されたままなのです」

 その言葉どおり、8chanは新しいCDNサービスをみつけ、そして名前を8chanから「8kun」と改名して、すぐにサイトを再開した。それ以来8kunはCDNサービスを転々とし、アメリカの連邦議事堂襲撃事件では、またもや名指しで襲撃事件のプラットフォームになったと批判されてCDNサービス業者から契約を打ち切られている。

  「日本の5ちゃんねるを資金源としてQアノンや極右の活動を支援することを今後もジムは続けるでしょう。そうして自分は正しいと思っている右翼思想を広めるし、自分からそれを止めることはないと思います」とブレンナン氏は言う。

Qの書き込みは止まった

 ただしQアノン信者にとっての逆風は吹いている。

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続きは、5473文字あります。
  • インターネットの無法地帯化への懸念
  • インターネットにおける無制限の言論の自由の社会実験はすでに失敗した
  • 匿名掲示板は日本ですでに時代に合わなくなっている
  • 自由を維持するには、それを自らコントロールしなければならない

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