Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【5】 -サイバースペースにおける「言論の自由」の社会実験の失敗/上

初出 朝日新聞「論座」 2021年04月01日
清義明 2026.07.30
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清義明 ルポライター

 先日のアメリカ大統領選挙の数日前のことだ。友人からこんな話を聞いた。年上のお世話になっている人が、毎日LINEでこんなメールを送りつけてきて、どう反応していいのか困っているのだという。

 そして、そのメールを見せてくれたのだが、本人は善意で注意喚起してくれているのだろう。こんなことが書いてある。

 「世界各国で政権交代が起き軍事作戦が展開される。すでに中国軍がメキシコとカナダの国境に展開されている。アメリカの国境警備隊はすでにドローンで迎撃する準備をしている。大統領選挙でバイデンが勝つ可能性は1%もないが、もしなったとしても1カ月も大統領は続けられない。ワシントンでは着々とペロシなどの逮捕の時間がせまっている。そうすれば世界中パニックになる。日本人には影響はないので、水やトイレットペーパーは買い占めないように。こんな混乱がおきるのを承知していたので、安倍さんは情報を事前にトランプに教えてもらっていて、それで先に辞任したのかもしれない。私はATMやクレジットカードが混乱で一時停止されることに備えて現金をある程度準備している」・・・

Julian Leshay / Shutterstock.com

Julian Leshay / Shutterstock.com

日本で勢力を広げたQアノン陰謀論

 この情報はネットから得た、と本人は言う。アメリカで本当におきている情報は、ネットでしか手に入らないのだそうだ。そして、誤解をしないでほしいと前置きして、この数カ月ネットで検索した情報を総合した結果にこのように推測しているので、なんらかの秘密組織とつながりがあるわけではないと注釈した。

 このメールの主は、初老の男性だ。もちろん社会人で、高学歴である。子供さんは某有名大学を卒業している。知的エリート層といえる人だ。

 Qアノンが日本で旋風を巻き起こしていて、世界でも突出した数の信奉者がいるということは海外でも話題になっている。そうして有名作家やジャーナリストまでもが、私たちはQアノンとは関係がないといいながら、そのままQアノン陰謀論を日本でも毎日せっせと流布している。

 米コーネル大の研究者の調査では、アメリカ大統領選挙に不正があったという主張をする代表的なTwitterアカウントとして、作家の門田隆将氏やジャーナリストの西村幸祐氏、右派運動家の我那覇真子氏などがあがっている。これらの日本語アカウントが選挙不正に関する情報拡散の拠点となり、そこから日本が大きなQアノン陰謀論の勢力になっていたのである(「大統領選陰謀論、日本語で特に拡散 米教授らSNS分析」朝日新聞デジタル2021年2月10日)

「世界救世主、トランプの英雄的戦い」などと書かれた福井県議の活動報告

「世界救世主、トランプの英雄的戦い」などと書かれた福井県議の活動報告

 ジャーナリストばかりではない。最近話題になったところでいえば福井の県議会議員の重鎮が、自らの活動報告に8ページまるごと、Qアノン陰謀論を書いて支持者に配布していたことが報じられている。これによるとワクチンは殺人兵器であり、現在も闇の勢力と戦いは続いているが、今年「2021年ついに地上で光はすべての闇を葬り去る」そうだ(文春オンライン「『ワクチンは殺人兵器』稲田朋美議員のお膝元で自民党重鎮県議が文書配布」)。

 もはや、Qアノンが海の向こうの出来事と割り切るわけにはいかないだろう。

 アメリカは建国以来陰謀論が渦巻いている国だとも言われる。しかし、これらのネット発と言っていい陰謀論が渦巻くようになったのは、もちろん90年代以降のものだ。さらにこれが憎悪やレイシズムと合流して大きな潮流をつくり、それがドナルド・トランプという稀に見る異形の大統領を選出してしまったのは、21世紀の肥大した情報生態系を前提とした現代的現象だろう。それは日本にまで流れ込んできている。そのQアノンの発祥は西村博之氏が経営するアメリカの匿名掲示板4chanだ。

「オルタナ右翼」のプラットフォームとなった4chan

 4chanの日本発の匿名掲示板のカウンターカルチャーが、アメリカにおいて巨大な存在になっていったことは、前述した。そして、自分達の聖域を守ろうとして、4chanのオタクたちがゲーマーゲート事件を起こした経緯も書いたとおりだ。

 ゲーマーゲート事件(第4回参照)で爆発的にアクセスが増え、それが社会問題となった4chanから、創設者のハンドルネーム「ムート」ことクリストファー・プール氏は逃げ出したと言っていい。

 プール氏は巻き起こる社会的な非難をうけて、ゲーマーゲート事件の書き込みなどを禁止する方針を打ち出していた。そうすると、今度は4chanのユーザーから批判が巻き起こる。にっちもさっちも行かなくなった末、プール氏がそのサイトを売却した先が、日本で2ちゃんねるを失っていた西村博之だ。プール氏は見切りをつけた4chanを手放したのち、Googleに転職した。

 これが4chanの転機となる。単にオーナーが変わったというだけではない。管理方針が変わったのだ。西村氏は、これまでの4chanにさらに2ちゃんねるの自由放任主義の哲学を再度持ち込み、その結果ヘイトスピーチが4chanで激増したのだ。

 「彼が経営するようになってから規制がかなりルーズになりました。前のオーナーであるクリストファー・プールは酷いコンテンツに対してはある程度注意を向けていました。あまりに害をなすものは削除されてましたし。しかし西村は利益重視でユーザーを喜ばせることだけを考えて、彼らの好きなようにさせました。そのためにヘイトスピーチが爆発的に増えたのです」と自らも4chanのユーザーだった、フレドリック・ブレンナン氏は語る。

 4chanは、2ちゃんねると同じくボランティアの運営によって支えられている。そのボランティアの管理者たちによって、あからさまな差別思想や暴力的なものでとりわけ酷いものは自主的に削除されていたのだ。また、ゲーマーゲート事件のような炎上事件になるとプール氏が規制に乗り出すようなこともあった。だが西村氏がオーナーになってからはそれがなくなった。

 ちょうど西村氏が4chanを買収したのはゲーマーゲート事件で反フェミニズムの風潮が、同じ反社会的正義が旗印のネットの差別主義や排外主義と結びついて煮えたぎっている真っ最中のことである。これでさらにヘイトスピーチと極右思想の工場がフル稼働しだした。

 ネオナチや白人至上主義のグループもそこでは活き活きと自分たちの差別思想を語り、そしてメンバーのリクルートの場とする。こうして4chanは「オルタナ右翼」のプラットフォームとなっていった。

オルタナ右翼の濁流がトランプ現象へ流れ込んだ

 4chanが変質したのは西村氏が経営権を取得してからだというのはVICE誌も指摘している。

 もちろん4chanに人種差別や極右思想がこれまでまったくなかったわけではない。ニューヨーク・タイムズが言うように、ブームになってからの4chanは、シニカルで反社会的なオタクが集まる「インターネットの世界のもっともダークな場所のひとつ」だった。

 しかし西村氏は投稿規制にこれまで以上に積極的ではなく、一応はルールとしてあった人種差別投稿の禁止というルールがほとんど守られなくなった。そして一部のボランティアの管理者の独断による掲示板の運用が進み、一応は存在していた差別的な投稿の禁止のガイドラインが著しく後退してしまったという。

 VICEは特にアフガニスタンに従軍していたこともある退役軍人の統括管理人が政治的な偏向をもって運用にあたったため、4chanにさらに人種差別と極右の投稿が増えてしまったと指摘している。だが、これはむしろ結果であり、原因は西村氏の掲示板の自由放任主義の思想が具体化したものだ。

 今では児童ポルノや直接的に犯罪にむすびつくような投稿以外はほとんど規制を受けない。リベンジポルノがやっと削除されるぐらいだという。VICEによれば、政治板ではヘイトスピーチが西村の管理下になってから40%も激増したという。結果としてネオナチや白人至上主義者の専門サイトよりもひどい差別思想が4 chanで語られるようになった。

 そうして、アニメやコスプレやスポーツについて話したり、時にはポルノ画像を閲覧したりするためにサイトにアクセスしたユーザーは、ネオナチや白人至上主義、女性嫌悪や反ユダヤや反イスラムのイデオロギーについての投稿を学んでいく。ヘイトの「ゲートウェイコンテンツ」に4chanはなっているというわけだ。こうして4chanは極右や差別主義者の政治ツールになってしまった。ここに集まる白人至上主義や女性差別主義者の群衆は、やがてここにトランプ支持者のコア層となっていく。これがいわゆるオルタナ右翼である。

 アメリカのオルタナ右翼を、日本と同じく「ネット右翼」と訳してもいいのではと思うくらい、その出自は相似している。ともにはじまりは「オタク」であり、差別主義や排外主義に侵食されて発生した。

 そうしてカエルのペペのような冗談か皮肉かそれとも本気なのかわからないミーム(ネタ)が爆発的に流行し、差別用語とナチのシンボルとヒラリー・クリントンや民主党を揶揄する言葉がイラストに書き加えられるようになった。そして2016年、トランプ現象にこの濁流が流れ込んでいく。

Orlowski Designs LLC / Shutterstock.com

Orlowski Designs LLC / Shutterstock.com

アメリカのパンドラの箱は開いた

 ある研究によれば、黒人を表す差別用語は4chanの特定の政治板だけで、1時間に120回も投稿されている。

 「4chanで起こることの99%が『何も真剣に受け止めるべきではない』という哲学によって駆動されていることを覚えていれば、あなたはより良い時間を過ごすでしょう」とは、サブカルチャーとインターネットの情報サイトであるデイリードットがおすすめする4chanの楽しみかただ。

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続きは、2806文字あります。
  • 「ヒラリー・クリントンは逮捕される」
  • 壮大でシュール、荒唐無稽な「アメリカの暗部」

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