Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【1】-西村博之とジム・ワトキンスの2ちゃんねる骨肉の争い/上
清義明 フリーライター

(2021年から翌22年まで11回にわたって朝日新聞「論座」に掲載された「Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー」を、今日から順次再掲載いたします。ニュースレター登録よろしくおねがいいたします。)
2021年1月5日、福岡市は行政手続きのオンライン化に向け制度設計プロジェクトのメンバーが決定したことを発表した。その中に見覚えのある名前があった。
西村博之氏、元2ちゃんねるの管理人である。福岡市のプレスリリースは、西村氏が役員を務める元2ちゃんねる関係会社である未来検索ブラジル社の取締役との肩書がつけられていた。
私は少し驚いた。数々の2ちゃんねるの訴訟とそれに敗訴した損害賠償金の未払い、アンダーグラウンドで有名なサイトの管理人が、政令指定都市の行政のプロジェクトメンバーなのである。西村氏は、かつてカドカワグループの会社の取締役なども務めたこともあるが、あれはあくまでも私企業の話である。ちょっと例えるならば、エドワード・スノーデンやジュリアン・アサンジが政府の仕事をするようなものである。
「西村氏の過去については承知しております。ただ今回は職員として採用したわけでもありませんので・・・」と、筆者の問い合わせに福岡市の担当者は歯切れが悪い。
「例えば受託した仕事で何か福岡市に損害を与えるようなことをして、西村氏に損害賠償責任が発生したときも、西村さんの過去の発言のように『時効まで逃げ切る』となるかもしれないですよ」との質問には、「契約もしてありますので・・・」と答えにならない回答をいただいた。契約だろうと判決があろうと時効まで逃げ切れば支払わないで済むと常々豪語してきたのが西村氏である。
「それでは・・・」ともうひとつの質問をぶつけてみた。
「西村さんは、現在アメリカで『4chan』という匿名掲示板を経営されています。このサイトはアメリカで社会問題になってきた匿名掲示板です。『Qアノン』はご存じですか? これは西村さんの運営されるサイトから出てきたものです。かつて西村さんとご一緒に仕事をされてきた2ちゃんねる(現在名称は「5ちゃんねる」)の経営者は、匿名掲示板の問題でアメリカ連邦議会公聴会に召喚されました。西村さんもそうなることがあるかもしれませんが、福岡市でも大丈夫ですか?」
一般的な西村氏の経歴は知っているが、そこまでは知らないと、福岡市の担当者は言う。日本ではほとんど報じられないので、無理もないだろう。

西村博之氏(画面右上)らDXデザイナーと福岡市との初会合がオンラインで開かれた=2021年1月7日、福岡市役所
「言論の自由」の社会実験、失敗の記録
アメリカにモンスターが現れ、街を破壊し人々を混乱に陥れている。そのモンスターは全米をくまなく横断し、ついにはワシントンに現れ連邦議事堂を襲撃した。ジョー・バイデンの大統領の就任を正式に認定するアメリカ合衆国連邦議会が、根拠のないゆがんだ陰謀論を信じてしまった人たちによって襲撃された。現在のアメリカの病巣はここで露わになった。連邦議事堂に侵入するネット発の陰謀論に染まった暴徒の群れの襲撃は、まるでパニック映画のようですらあった。しかし現実である。
ところで、このアメリカを襲撃している陰謀論のモンスターが実は日本と強い関係があると知るものはそんなに多くないようだ。
今世界を騒がせる「Qアノン」も、議事堂襲撃にまで及んだ白人至上主義やネオナチが跋扈する情況も、それを目覚めさせてしまったのは、実は日本発のある文化が密接に関与している。
それは日本の匿名掲示板カルチャーである。アメリカではそれを「CHANカルチャー」と呼ぶものもいる。
これより、日本の匿名掲示板カルチャーがアメリカにわたり、連邦襲撃事件に至るアメリカの過激主義を培養し、アメリカのパンドラの箱を開いてしまった姿を追って行こうと思う。そしてそれは、言論の自由をめぐる社会実験の失敗の記録でもある。
このアメリカのパンドラの箱の物語の主要な登場人物は2人いる。まずは、元2ちゃんねる管理人の「ひろゆき」こと西村博之氏。現在アメリカ最大の匿名掲示板のひとつである「4chan」のオーナーである。西村氏が管理する4chanはオルタナ右翼の発祥の地と目されるばかりか、Qアノンが最初に現れた掲示板である。
2人目は、ジム・ワトキンス氏。西村氏とともに2ちゃんねるを運営し、現在はその2ちゃんねる(現「5ちゃんねる」)を乗っ取りオーナーになった男である。いや、それだけではない、アメリカのもっともダークな匿名掲示板「8kun」のオーナーにして、Qアノンの「Q」はこの男ではないかと嫌疑をかけられている男。現在、世界中のジャーナリストと陰謀論研究家は彼の行方を追っている。
なおアメリカで、連邦議事堂襲撃事件のきっかけのひとつとなった「ドミニオン疑惑」といわれる選挙集計機に不正があったとする荒唐無稽に近い陰謀論が最初にメディアに出たのは、ジム氏の息子、札幌在住のロン・ワトキンス氏から始まっている。彼が極右のテレビ番組で、ベネズエラのウーゴ・チャベスなどの共産主義者がかかわっていたドミニオン投票システムにより、不正が行われたともっともらしく主張した。彼はもちろん日本にいるためにドミニオン投票システムの実際の集計機を見たこともない。ネットにあるユーザーガイドを見ただけである。そんなまったく空想の域をでないドミニオン疑惑の陰謀説が広まったのは、ロンが日本からテレビ番組にリモートで出演したのがきっかけなのである。つまりドミニオン疑惑が世に流布されたのは日本からなのである(注1)。
Qアノンと陰謀論のモンスターは、まるでパニック映画『クローバーフィールド』(2008)の怪獣のようだ。『ゴジラ』へのオマージュに満ちたこの映画では、マンハッタンを襲い荒れ狂う怪獣が、ストーリーでは直接言及されないものの、実は日本の企業によって生み出されたものという伏線が至る所に張られている。映画は伏線が回収されないまま謎めいた終わりを告げる。私たちは、この映画では明かされなかった日本とモンスターの関係を探ろう。Qアノンやアメリカ連邦議事堂襲撃にいたる数々の陰謀論に日本がどのような決定的ともいえる役割を果たしたのか。そのために、まずは1999年にさかのぼろう。
アンチヒーロー「ひろゆき」の誕生
ネットにアクセスして情報を得ている人で、2ちゃんねるを知らない人は少ないだろう。その2ちゃんねるは、後述するように現在では、経営をめぐる西村氏とジム氏の内紛により分裂し、現在は2ちゃんねるは『5ちゃんねる』と名前を変えている。
1999年に中央大学文学部の学生だった西村氏によってあるWEB掲示板が開設された。「あめぞう掲示板」というアンダーグラウンドな人気掲示板のコンセプトとプログラムをそのまま流用してできたのが2ちゃんねるである。
2ちゃんねるが人気サイトとなったのは、シンプルなテキストだけの掲示板とスレッドフロー型という書き込み表示の仕方もあったが、なによりも完全匿名のアングラサイトであることを売りにしてきたことだった。
完全匿名ゆえに身元も何もなく気軽に書き込める。権威や肩書も関係なく、そこに書き込まれる情報のみが尊ばれる。どんな人間でも匿名であるがゆえに、ある種の平等感、疑似デモクラシーな雰囲気もそこにはあった。貴重な情報や議論も中にはあった。一方で匿名ゆえに暴言も許されるし、実社会では決して許されることがないような本音も書き込める。これを識者はコミュニケーションやメディアの在り方として画期的なものとして持ち上げた。もちろんそこには副作用もある。それは激しすぎた。
匿名掲示板には、いわば主語がない。誰だかわからない主体が跋扈し、暗闇のなかで自分や相手の正体を隠したままコミュニケーションが行われる。その目隠しされた状態のままユーザーは抑圧されていた無意識を解放するかのように、このネットメディアを楽しんだ。同時に、そこは足のつかない情報発信コミュニティともなった。犯罪や差別、誹謗中傷や嫌がらせ、個人情報の暴露から営業妨害、自殺予告、薬物の販売、まで、ありとあらゆるダークサイドの情報が掲示板には書き連ねられた。90年代からサブカルチャーの世界に侵食してきた差別や歴史修正主義もこの暗闇のなかで合流した。「ネット右翼」という存在は、2ちゃんねるの存在抜きでは語ることはできないはずだ。
そんなアンダーグラウンドな掲示板を、新しいネットのありかたとして広めた、2ちゃんねる管理人の西村氏がいわば「アンチヒーロー」として新しいサブカルチャーの旗手のように評価されることになった。掲示板における「言論の自由」を盾にした、日本の法や行政に対する挑発的な西村氏の振る舞いの数々は話題を呼んだ。
2001年に出版された『2ちゃんねる宣言』(井上トシユキ著、文芸春秋) は、2ちゃんねるがブレイクして一般的な影響力を広く及ぼしはじめた当時の2ちゃんねる論である。本をめくると扉の裏には、ヴォルテールの箴言がエピグラフとして書かれている。
「私は君の考え方には反対だ。だが君がそう考える自由はあくまで守る」
まさしく2ちゃんねるの精神はここにあった。
(ところで、この文は実はヴォルテールが書いたものでもないし、彼の発言でもない。後世の人間が、ヴォルテールだったらこう言うだろうということで書いたものが、あたかも本人のもののようにずっと扱われているものだ。ちなみにヴォルテールは激烈な反ユダヤ主義者でもあった)
西村氏はその自由を守る番人の役目を忠実に果たしていた。
掲示板の運営者は誹謗中傷の真偽や実害を判断できない。そこに書かれたことが真実かどうかも判断できない。それが差別であるか、精神的かつ身体的脅迫か、法を犯すものか、人の生死に関わるものかは、掲示板側が決めることではない。それが西村氏の匿名掲示板に対するポリシーである。
そこから出てくる結論は、掲示板の運営者に書かれたことに責任はないということだ。「誰かが脅迫電話を受けたとしたら、携帯キャリアを訴えますか?」(『VICE』2008年5月19日 )と西村氏はうそぶく(注2)。
こうして野放しの運営方針のため、誹謗中傷や差別投稿は2ちゃんねるに溢れ、やがてそれがネット社会の至る所に広がり、やがてあふれ出た無意識は、在特会のようなモンスター差別団体を現実に生み出すことになる。それを西村氏は言論の自由の名のもとに野放しにした。
しかしそこで何が語られるかは自由であり、その内容まで管理者は関知できないし、するべきではないという理屈は、本当にそれでいいのだろうか。例えばあなたの隣家が騒音で毎晩うるさい。そればかりか、どうやら犯罪に手を染めるような人達も出入りしている。それどころか、実際に違法行為の計画までそこで練られていることがわかった。それは隣家の住人がなんとかするべきだというと、自分の家をどう使おうが自由だし、ましてや何を話し合わせているかは言論の自由だ、とにべもない。確かにその家で何をしようが法律上は問題ないが、それは倫理的にどうなのか?その家には果たして責任はないのか。
そのうちに2ちゃんねるの匿名の書き込みから、刑事事件や民事事件となるようなものが次々とあふれ出た。その管理責任を西村氏は当然ながら問われた。しかし、次々と訴訟が起きても、西村氏は裁判にまじめに向き合うことはなかった。「裁判所には行ってたこともあるんですが、あるとき寝坊したんです。でもなにもかわらなかった。それで裁判所に行くのをやめたんです」(『VICE』2009年5月19日)と西村氏はインタビューで答えている(注2)。
敗訴しても、賠償金は踏み倒すと豪語していた。そうして裁判に協力しないばかりか被害者補償を財産がないとして無視するようになり、挙句の果てには「時効も法のうち」と豪語するようになった。
プロバイダ責任制限法という法的なルールが出来たのは2002年。西村氏が訴えられた民事訴訟の多くは、その法律が施行された後のことだ。訴えた人は、プロバイダ責任制限法のルールにそって、それぞれに損害や精神的な被害を与えた書き込みの削除を要請したのだが、それでも西村氏は削除しなかったのである。警察庁の外郭団体からの年間5000件の削除依頼も正式な2ちゃんねるの手続きを経ていないということで放置していた。
(2020年8月8日のネット番組『ABEMA』での、西村氏と元大阪府知事の橋下徹氏の対談で、西村氏はあたかもプロバイダ責任制限法がなかったため2ちゃんねるの問題投稿を削除しなかったかのような発言をしている。そして、その後に出来たプロバイダ責任制限法の施行以降はそれに沿った2ちゃんねるの運用をしてきたようにも述べているが、これは事実と大きく異なる。また賠償を無視しつづけてきた西村氏を橋下氏は「よくやった」と褒めているのだが、元行政府の長としていかがなものかと思わざるをえない[注3])
こうした不作為により、2007年3月20日の読売新聞によれば、この時点で少なくとも43件で敗訴。それでも「踏み倒そうとしたら支払わなくても済む。そんな国の変なルールに基づいて支払うのは、ばかばかしい」「支払わなければ死刑になるのなら支払うが、支払わなくてもどうということはないので支払わない」と平気な顔をしていた。完全な確信犯の脱法行為である(注4)。
しかし西村氏がこうしてアンチヒーロー的なふるまいをすればするほど、2ちゃんねるの人気はあがっていった。一時期はヤフージャパンのアクセス数を超えるほどのサイトになり、すでにアンダーグラウンドなサブカルチャーという存在を超え、社会的な影響力は無視できないほど大きくなっていった。
しかしそんな2ちゃんねるにも弱点はあった。サイトが大きくなるにつれ、そのトラフィックの大きさに耐えられなくなってきたのだ。
そこで現れたパートナーが、ジム・ワトキンス氏だった。後に西村氏を追放して2ちゃんねるを〝乗っ取った〟男であり、さらに現在ではアメリカでもっともダークな匿名掲示板と自称する「8chan(現8kun)」のオーナーともなった男である。
アングラサイトの管理人から実業家へ
ジム・ワトキンス氏は1963年生まれのアメリカ人である。ジャーナリストの江藤貴紀氏によるインタビュー(「宝島」2015年2月号)によると高校卒業後にアラスカで漁業の仕事をしたが、ほどなくして米軍に入隊したとのこと。配属されたのはヘリコプターのメカニックで、ここから軍歴をスタートしている。一時は兵士採用の仕事もしていたらしい。米軍在職中に、墓地の管理や米軍基地の兵士向けの風俗店の経営も手掛けていたとは本人の弁だ(注5)。
2016年4月19日付のウェブニュースサイト「スプリンター」も、ジム氏にこの時代の話を聞いている。本人曰く「疑う人もいるので言っておくがCIAの仕事はしてない」とのことだ。1987年に軍に命じられてプログラミングなどを学ぶ。そこで得たIT技術をもとに、90年代には内職でアダルトサイトを運営しだした(注6)。
まだアダルトの動画サイトが少なかった頃で、ジム氏曰く人気サイトとなったとのこと。サイトの名前は「アジアン・ビキニ・バー」。日本では違法の無修正のアダルトサイトで人気だったとジム氏の弁だが、どうやらこの頃に日本とのつながりをもった模様だ。ジム氏と西村氏の間を取り持ち、後に共同でビジネスを行う札幌でIT関係の会社を営む中尾嘉宏氏との関係もこのころに始まったのかもしれない。
その時にジム氏が立ち上げた会社がNTテクノロジー社だ。本人は"NT"とはなんの略かと聞かれて、特段意味がないと答えている。が、これはおそらく「NTT」とかけているのだろう。これならばアダルトサイトのクレジットカードの請求書に、略称として「NTT」と書くことができる。これならば家族にアダルトサイトの請求が来たことがバレない。
このサービスのコアコンピタンスは、アメリカにサーバーを置いて日本の法規制を逃れるビジネススキームだ。それで多くの日本人向けのアダルトサイトのホスティングサービスを行っていたようだ。このビジネスが成功し、98年に除隊すると本格的に合法的なオフショアのホスティングサービスに取り組むようになる。
2020年10月29日、調査報道で知られる「マザー・ジョーンズ」誌が、ジム氏が1990年代から数多くの児童ポルノサイトを運営していた形跡があるとすっぱ抜いた。ジム氏は否定しているが、NTテクノロジー社がホストしていたウェブサイトに、児童ポルノサイトであることをうかがわせるドメイン名が多数あったとのことだ。おそらくこの時代からのことなのだろう(注7)。
さて、その頃西村氏は増大するアクセスのためにレンタルサーバーの会社から、サーバーを転々とさせていた。自身でサーバーを運用していたこともあるようだが、これでも追いつかない。
(ここからの書く事実関係は、2014年から争われた「2ちゃんねる乗っ取り裁判」の記録に多くを依拠する。なお、この裁判については東京地方裁判所の一審判決で西村氏側・・・正確に書くと東京プラス社の勝訴となり、そのことが西村氏によって自身のウェブサイトにて発表された が、その後にこの判決は東京高裁で逆転判決、さらに最高裁判所にてこの逆転した判決は確定し、西村氏敗訴となっている。この件の詳細は後述する)
そこにジム氏のパートナーだった中尾氏が現れた。中尾氏は自社のレンタルサーバーの広告を掲載するかわりに、2ちゃんねるのサーバーホスティングをするという提案をした。2ちゃんねる乗っ取り裁判に記録された西村氏の証言によると、当時、中尾氏と面識はなく、メールで中尾氏から突然コンタクトがあったそうだ。
このサーバーを手配したのが、ジム氏のNTテクノロジー社だった。中尾氏は東京の一流ホテルで開かれたパーティーに西村氏をつれてきてジム氏に引き合わせた。
これをきっかけに中尾氏の会社であるゼロ社を通じて、2ちゃんねるのサーバーがジム氏から提供されていく。同時に「PINKちゃんねる」というアダルトの掲示板も、2ちゃんねるとほぼ一体化した衛星サイトとして開設された。この掲示板は、ジム氏の権利となった。(『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』西村博之、扶桑社)

西村博之氏=2006年7月7日
ところが、それでも2ちゃんねるへのトラフィックは増え続けた。そのため2001年には2ちゃんねるはこれまでの西村氏の趣味のサイトの延長線で運営されていたところをビジネス化する方向に舵をきった。サイトで直接収益をあげて、それでサーバー代をまかなう目的だった。
この2001年前後に、ジム氏のNTテクノロジー社は2ちゃんねるから月額約2万ドルを受け取っていると2004年7月12日号のアエラ誌で答えている。そしてそれに加えてジム氏は有料課金の2ちゃんねるビューアのサービスの権利を得た。後に、このサービスは年間1億円以上の売上を稼ぐようになる。こうしてジム氏はサーバーを手配し、以降2ちゃんねるは安定した通信環境で運営できるようになっていった。
一方で西村氏は自身で東京プラス社(2002年9月設立)、未来検索ブラジル社(2003年4月設立)を立ち上げ、それぞれ代表取締役と取締役に就任。広告事業や、影では企業向けの2ちゃんねるの書き込みのデータサービスや、ジム氏によれば企業向けの誹謗中傷投稿の削除業務などをビジネスとして展開しはじめたようだ。
(未来検索ブラジル社については2ちゃんねるの掲示板の書き込み等の利用データを企業に販売していたともされる他、2ちゃんねる乗っ取り裁判のなかでジム氏は「未来検索ブラジル社は書き込みの削除業務をお金をもらってビジネスとしてやっていた」という隠れた同社のビジネスの内情を暴露する供述をしている。
このことはすでに、ジャーナリストの江藤貴紀氏が2014年の段階から指摘してきたことだ。こうして企業や弁護士から不都合な投稿記事の削除を有料で請け負ってきたと囁かれていた2ちゃんねるだが、ジム氏の証言で噂が本当のことであった可能性が出てきた。なお、この真偽については筆者は未来検索ブラジル社に対して事実確認を求めたが、この記事の掲載時点までに返答はなかった[注8])
いっぽうで2005年には、未来検索ブラジル社を通じてカドカワグループと共同でニワンゴ社(未来検索ブラジル社の出資比率は20%程度と推測される)を立ち上げ、取締役管理人となる。 こうしてアングラサイトの管理人は、実業家に転身していこうとした。
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