Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【4】 -匿名掲示板というフランケンシュタインの怪物/下
清義明 ルポライター
2003年、クリストファー・プールという15歳の日本のアニメとゲーム好きのアメリカの青年がいた。日本オタクと言っていいだろう。彼は日本の「ふたばちゃんねる」という画像掲示板によくアクセスしていた。アニメやコミックのキャラクターのパロディ画像やゲームなどの最新情報が手に入ったからだ。
ふたばちゃんねるは、2ちゃんねるから派生した画像専門の匿名掲示板である。
その青年は同じように匿名の画像掲示板の英語版をつくりたいと思った。プール氏は夏休みをかけて、ふたばちゃんねるのスクリプトを利用して自分の画像掲示板をつくった。彼はその名前を2ちゃんねるとふたばちゃんねるから生まれた匿名掲示板として「4chan」と名づけた。
「ジャパニーズカルチャー」から始まった4chan

Sharaf Maksumov / Shutterstock.com
最初の頃は、自分のベッドルームでサイトを運営していたため、両親でさえプール氏が4chanの管理人とは知らなかったそうだ。もちろん最初は管理人であるプール氏も匿名であった。ハンドルネームは「ムート」であった。
そんな4chanだから、もともとはアニメやジャパニーズカルチャーに特化した掲示板だった。だから、今でも4chanの掲示板リストのジャンルの最初は「ジャパニーズカルチャー」で、そこをのぞいてみると日本のアニメのキャラクターの画像ばかりが投稿され、このジャパニーズカルチャーのコーナーの他の板には、「萌えキャラクター」「コスプレ」「ゴスロリ」ロボットアニメなどの「メカ」、さらには「バーチャルYoutuber」の板もある。ジャパニーズカルチャーに続くのは「ビデオゲーム」である。
日本の2ちゃんねる(5ちゃんねる)と同じく、アダルト向きの板もある。そこには、そのものズバリ「Ecchi=エッチ」やら「Hentai=変態」やら、さらには「Yuri=百合(女性同性愛)」や「Yaoi=ヤオイ(少年愛)」なども日本語そのままを英語にした板のタイトルが並ぶ。開設当初は「ロリコン」の板まであったという。板のタイトルは「Lolikon」で、これは英語のロリータコンプレックスの表記ではなく、日本語の「ロリコン」の直訳である。なお、この板は、児童ポルノに極めて厳しいアメリカでは長くは続かず、すぐに廃止された。
これでお分かりのとおり、2ちゃんねると同じくアンダーグラウンドの掲示板であり、しかも極めてオタク向けなのだ。
日本のコンテンツをテーマとするだけではなく、サイト自体もふたばちゃんねるを通じて2ちゃんねるそのままの用語も多数ある。例えば、掲示板内のスレッドを最新の位置にあげないためのコマンドは「sage」、匿名掲示板のなかで個人を識別するのは「tripcode」(これは「ひとり用キャップ」という日本語と英語のミックスの略称で英語由来ではない)などもそうだ。
「4chanのユーザーは統計では、若いオタクで、ほとんどは男性です。英語の掲示板ですから、ユーザーも英語圏です。アニメやゲームやテクノロジーやテレビの話題などが楽しまれています」
プール氏は4chanの人気の秘訣について、2009年にオーストリアのウィーンで開かれたシンポジウムで語っている。
「禁止されている投稿はなく、今はネットでは普通になっている、アカウントの登録も認証も必要ありません。個人の情報は必要なく、メールアドレスも名前も年齢も何も必要ではありません。匿名性が重要なのです。もちろん名前を出すことはできますが、4chanでは匿名の投稿が推奨されます。だからデフォルトの投稿者の名前は『名無しさん(アノニマス)』なのです」
匿名であることは、ユーザー間に平等をもたらす。権威もネームバリューも経歴も何も必要なく、ただ書いたことがどれだけ価値あるかだけが問われる。2ちゃんねるでもみられた疑似的なデモクラシーコミュニティがそこにはあった。
ジョークと悪ふざけがエスカレート
ここまで書けばおわかりのとおり、これは2000年代に日本で2ちゃんが隆盛して、様々なブームを巻き起こしたり、社会的な影響力をもってきた頃と全く同じ展開だ。2009年にFOX NEWSは4chanを「インターネットで最もパワフルな人々が集まる場所」「良心の呵責がない人の秘密の巨大カルチャー発電所」と評している。
4chanはサイトの投稿はアーカイブに保持されない。ユーザーによって提供される話題が次から次へと流れていくだけだ。ユーザーは発言に責任をとらなくていい。これも人気の秘訣となった。
サイトの完全な匿名性と投稿が記録されていないシステムは、ユーザーたちの気軽な楽しみに貢献しただろう。その匿名性を利用して4chanから「アノニマス」のような、ネットで集まった匿名のハッカー集団も現れた。自分達の正義を主張してサイバー攻撃を繰り広げる匿名の集団がアノニマスだ。日本ではこの集団をそのまま英語読みで「アノニマス」と呼んでいるが、これは語源にかえって日本語訳すれば「名無しさん」のことだ。
アノニマスは、インターネット規制をするオーストラリア政府をサイバー攻撃したり、危険視されている有名新興宗教団体や、エドワード・スノーデンへの寄付をためらうpaypalをターゲットにネットでの妨害行為を繰り広げた。アラブの春の政変では、チュニジアやエジプト政府を攻撃し、はてはISにまで攻撃を仕掛けたとされている。
アノニマスはネットオタクの集合無意識が、素朴な正義感に結実したともいえる存在だ。4chanの「名無しさん」が政治的なパワーを持ち出したともいえよう。善悪の判別を下しがたい。
だが、これによって悪い側面も現われになり始める。やがて犯罪や個人攻撃、陰険な差別や誹謗中傷が普通になっていく。ジョークと悪ふざけがエスカレートした末に、それが冗談ではなくなっていく。これも2ちゃんねると同じである。
差別主義者のアイドルになった「カエルのペペ」

香港のデモでも多用されたキャラクター「カエルのペペ」 YT HUI / Shutterstock.com
カエルのぺぺというコミックのキャラクターがいる。グロテスクながら奇妙な愛嬌があるカエルのキャラクターは、2005年にマット・フューリーという売れないマンガ家の作品に登場した。サイケデリックな極彩色で描かれたカエルが、なぜか4chanで人気になった。
やがて、そのキャラクターは様々なセリフをつけられパロディ画像として4chanに流通していく。そのヘタウマ調なキャラクターが、人を小ばかにして楽しむ風習がある4chanユーザーには、当てつけには使いやすかったのかもしれない。
やがて、そのカエルのペペはアメリカの極右や白人至上主義、さらにはそのトランプ支持者の象徴的なキャラクターとなっていく。ネオナチはヒトラーを模したペペの画像を投稿し、それらはトランプ支持者の一部にも使われていく。
2019年から始まった香港のデモで、このカエルのペペが、あたかも香港の民主主義をもとめる戦いのアイコンになったこともご存知の人もいるだろう。私はそれを最初に香港で見たとき、まったく信じられなかった。なにかの間違いで自分がカエルのペペと思い込んでいるだけで、他の香港のカエルのキャラクターか何かだろうと考えた。だが、そうではないらしい。あの白人至上主義やネオナチなどのアイコンのカエルのペペが使われているのは間違いないのだ。
なぜカエルのペペが香港で使われだしたのか確実なことはわからない。ただ間違いないだろうことは、それが香港の4chanユーザーが使いだしたことだ。そして、その人間たちはアメリカでカエルのペペが人種差別の象徴であることは当然知っていたはずだ。
そのころ、香港の民主化運動のあてどもない過激化が、香港の右派の香港民族主義者である「本土派」によって先導されていることを知った。これについてはここではこれ以上触れないが、カエルのペペが香港で民主主義の象徴のようにアイコン化していることを知った4chanのネオナチや白人至上主義者の差別主義者は、このことをさぞや嘲笑しただろうことを付け加えておこう。
なお、このカエルのペペの作者は2017年の段階で、ペペの死を読者に伝えている。人種差別主義者のアイドルになったことは本意ではないとのことだ(NBC NEWS2017年5月19日付) 。
フェミニストやリベラルへの憎悪と結びついた「祭り」
カエルのペペが極右によって利用されたのは、4chanが2015年前後を境にして変質したことと密接な関係がある。
4chanが、ネットオタクの素朴な正義感からアノニマス集団を生み出したように、どちらかといえば4chanユーザーはリベラルな風潮さえもあった。これが方向転換しはじめたきっかけのひとつは「ゲーマーゲート事件」(2014年)である。4chanユーザーの集団攻撃、日本の2ちゃんねる用語でいえば「祭り」である。

この集団攻撃の理由になったのが果たして「事件」といえるようものかどうかといえば、たいへん微妙なところである。
ある新作ゲームの女性プランナーが売り込みのために、ゲーム業界の記者などに女性である立場を利用して便宜をはかってもらったという疑惑から始まる。なお、この疑惑は女性ゲームプランナーの元交際相手がブログに書いた告発から始まっているという。これが事実かどうかは今でも不明だ。
ところがこれにゲームファンは怒った。それはもともとゲームの女性表現や肌の露出や性的なアピールが、フェミニストから批判を浴びていて、ゲームの発売に影響を与えたり、キャラクターの改変などにつながっていたからだ。女性差別や偏見を助長しかねないゲームの中の女性像は許せないということだ。日本のオタクたちとフェミニストたちとの抗争と同じような構図である。
女性差別という名のもとに、表現の自由を侵犯し、自分たちの大事なキャラクターを亡きものにしようとすることは許せないと4chanのユーザーは湧き立った。もちろんここに至るまでに、アメリカでのポリティカル・コレクトネスの風潮は、メインストリームなメディアでは当たり前のものとなっていた。そのメディアとこともあろうか性的にまで癒着したのが、この「ゲーマーゲート事件」(もちろん「ウォーターゲート事件」が語源)だ。
4chanユーザーは大同団結し、そして攻撃が始まった。もちろんそれは関わったゲーム業界の人間の個人情報をネットに暴露し、それをもとに誹謗中傷を繰り広げることだった。
女性プロデューサーはおろか他のゲーム業界の関係者のドキシング(個人情報の暴露)や個人攻撃はとどまることを知らず、ネットの群集心理は次々とターゲットをもとめていった。もちろん匿名の彼らにはリスクはない。そして、これらがリベラルの社会的な正義を求める人たち(フェミニストやリベラル)への憎悪と結びついていく。
この騒ぎの背景には、メディアとマイノリティといわれる人々が、アメリカ社会のなかで構造的に正義を独占している(ように彼らに思えた)ことに対しての永年の不満があった。その「正義」に抑圧されているのは、私たちでオタクであるということだ。
彼らはフェミニストのみならず、そのような反差別や社会的公平を求めるひとたちを「社会正義の戦士(Social Justice Warrior)」と呼んでバカにして、ターゲットとした。そして、その反ポリティカル・コレクトネスの巨大なネットにおけるうねりは、やがて極右やネオナチと合流した。
これが一時期、アメリカ社会の新しいネット発の右派として注目を浴びた「オルタナ右翼」の始まりだという意見は一般的なものだ。このオルタナ右翼は、トランプの支持層のネットにおける岩盤層をつくったという意見すらある。
だが、ゲーマーゲート事件だけが4chanの変質と極右と人種差別主義者の巣窟となった原因とはいえないだろう。
それにはもうひとつのきっかけがある。西村博之氏による4chanの買収と管理人就任だ。